Volcano 火山体験
三宅島は、過去何度も大噴火を起こしてきた活発な火山島。
火口や地層、溶岩大地など、いたるところに
噴火の歴史を見ることができる。
今もなお活動を続ける雄山。
耐え抜いた動物達、何度でもよみがえる緑、美しい景観。
ここは生きている自然を目の当たりにできる島。
三宅島の噴火の歴史に、大地の躍動に触れることのできる
ポイントをご紹介します。
①今崎海岸(いまさきかいがん)
地区名:阿古地区
最寄りのバス停:二島
1643年(寛永20年)の噴火により流れ出た溶岩が
広がる黒い海岸線。この噴火により、阿古村は消滅した。
文書記録による過去の噴火活動は1085年(応徳2年)
から存在するが、三宅島の火山活動による災害記録は
この年から始まったとされる。
写真の「メガネ岩」と呼ばれる奇岩は、
長年の風波が刻んだ自然の造形物。
沖に見える三本岳に夕陽が沈む時、空と海、
そして黒い大地が織りなす美しさは、圧巻。
②火山体験遊歩道(かざんたいけんゆうほどう)
地区名:阿古地区
最寄りのバス停:二島
1983年(昭和58年)10月3日、南西山腹に生じた
割れ目から噴火した。
高さ100m以上に吹き出た溶岩は、阿古地区の
一部を飲み込んだが、幸いにも人的な被害は
なかった。
2007年、この溶岩流の上に、遊歩道が完成。
ここを歩くと、噴火の脅威、しかしそこに
芽吹く自然の再生力を目の当たりにできる。
そして、何度噴火を経験しても立ち上がる島民の、
島への思いが、ここにある。
③富賀浜(とがはま)
地区名:阿古地区
最寄りのバス停:富賀神社前
子供が隠れるほど大きなごろた石の海岸。
度重なる噴火の歴史が、この浜の地層に
見ることができる。
雄大で美しい景観は地上にとどまらない。
海底から大きくそびえる柱、何人もの大人が
くぐることのできるアーチ、回遊魚の群れ、
群生するテーブルサンゴ。
変化に富んだ地形は海中へも続いている。
④粟辺(あわべ)
地区名:阿古地区
最寄りのバス停:粟辺
1983年(昭和58年)の噴火により流出した
溶岩流は数件の民家を飲み込み、海岸に達した。
この噴火は列をなした複数の噴火口から溶岩が
噴出する割れ目噴火。
いくつものくぼみ(噴火口)からどのように
溶岩が流れ出で、広がっていったのかが見てとれる。
その先の都道沿いには、この噴火で山腹から
吹き飛ばされた、1m以上もある火山弾が
突き刺さった歩道が保存されている。
⑤新澪池跡(しんみょういけあと)
地区名:阿古地区
最寄りのバス停:新澪池跡
1763年(宝暦13年)、雄山山頂と、
阿古村薄木で噴火がおこった。
新澪池は、その際のマール火口に、
雨水などがたまってできた火口湖。
湖水は 0.5%の塩分を含み、湖面が七色に
変化すると言われた神秘的な湖だった。
しかし、1983年(昭和58年)の噴火により流出した
溶岩流が触れ、一瞬にして消失。
今は緑の繁茂する跡地となっている。
ちなみに、1763年(宝暦13年)の噴火活動は、
なんと1769年(明和6年)まで約6年間続いた。
⑥新鼻新山(にっぱなしんざん)
地区名:阿古地区
最寄りのバス停:新澪池跡
1983年(昭和58年)の噴火により一夜にして
出来上がった山。
海底に開いた火口から吹きあがった溶岩や
火山灰は、その温度により、
美しいグラデーションを描いた。
山の頂点から見下ろす海岸も、
海岸から見上げる山肌も、その高さ、
大きさ、そして一夜にしてこの山を
築き上げた自然の猛威に、圧倒される。
⑦大路池(たいろいけ)
地区名:坪田地区
最寄りのバス停:大路池
およそ2000年前の噴火でできた火口湖。
周囲は椎の木などの原生林に囲まれ、
多くの野鳥の飛来地、生息地となっており、
野鳥の保護地区、富士箱根国立公園の
特別保護地域に指定されている。
昭和12年に発見された「たいろ藻」という水藻の
固有種の繁殖地だったが、昭和58年10月の噴火の際
の降灰で絶滅の危機に瀕している。
大路池を一周する散策路を行くと、北側に巨木が端然と
たたずんでいる。樹齢600年を超える椎の大木は、
噴火を司る神が宿る神木としてまつられた。
また、この森で迷った際、目印にしたことから、
島民は「迷子椎」と呼ぶ。
⑧長太郎池(ちょうたろういけ)
地区名:坪田地区
最寄りのバス停:三宅高校
2500年以上前の噴火で、流出した溶岩が海を囲んで
できたタイドプール(潮だまり)。
20種の造礁サンゴが確認されており、その
サンゴや岩の間を、チョウチョウウオ、ソラスズメダイ、
ミヤケヘビギンポなど、色とりどりの
磯魚たちがひらめく姿をじっくりと観察できる
絶好のフィッシュウォッチングポイント。
山側の壁には、約3,000年にわたって積み重なる
地層が、噴火の歴史を語ってくれる。
⑩三七山(さんしちやま)
1962年(昭和37年)雄山山頂と赤場暁を結ぶ山腹で
割れ目噴火が起こった。
溶岩は火口から約200mの高さにまで吹きあがり、
このときの大量な噴石が積み重なってできた噴石丘は、
高さ数十mにも達し、噴火の起こった年号から
「三七山」と呼ばれた。
山頂は展望台となっており、黒々と続く溶岩と
水平線がわける空と海と大地のコントラストが楽しめる。
⑪ひょうたん山
地区名:坪田地区
最寄りのバス停:赤場暁
1940年(昭和15年)に雄山北東山腹の標高200m
付近から噴火。大量の溶岩・火山弾・スコリア・火山砂が
放出され、たった約22時間のうちに「ひょうたん山」を
形成した。このときの溶岩は、当時漁船や客船の
風除けの場であった赤場暁湾を埋め、沖へと流れ出た。
現在の都道よりも山側にそびえる赤い壁は、当時の海岸線である。
ひょうたん山はその名の通り、2つの噴石丘が連なった
形であったが、長い年月のうちに、海側の1つが波風に
削り取られてしまった。
その海側は、溶岩と海と空が広がり、ただただ自然の
力強さを感じるばかりだ。
⑪椎取神社(しいとりじんじゃ)
地区名:神着地区
最寄りのバス停:椎取神社
全国にある式内社2861社のうち、
12社が三宅島にある。椎取神社もそのひとつ。
2,000年の噴火で、大量の泥流が発生し
社殿と鳥居を飲み込んだ。
現在、社殿と鳥居は新たに建てられたが、
笠木だけを残して埋まったかつての鳥居は残されており、
当時の泥流のすさまじさを物語っている。
また、その時の火山ガスにより、社殿を取り囲む
鬱蒼とした森は大半が立ち枯れ、異様な様相を呈している。
しかし、緑もまた、よみがえりつつある。
⑫釜の尻海岸









